映画 | アダルト動画、画像の歴史

映画

近代のエロは「動画」とともにその発展を続けている。
動画は最初「映画」という形で進化が進んだ。
映画は19世紀にフランスの「リュミエール兄弟」が映写機を発明したことによりその歴史が始まる。(愛知教育大学永冶日出雄氏『映画の創出とルイ・リュミエール』参考)
1895年12月28日に「グラン・カフェ」というカフェで一般公開が開始された。これが大衆が初めて見る「動画」であった。
内容は、「汽車が駅に到着する」というものであった。
観客の驚きは凄まじく、「本当に列車が飛び出してくる。」と感じた観客がパニックを起こすほどであった。
その公開後、爆発的に映画は普及しするようになったのである。

映画の普及とほぼ同時期に「ポルノ」の製造も始まる。
1895年に、リュミエール兄弟によって初めて一般公開された映画だが、1908年には『A L’Ecu d’Or ou la bonne auberge 』という題名のポルノが作成されている。
この作品は現存する最古のポルノ映画と言われている。(参考パトリック・ロバートソン: Film Facts)
しかし、1907年にオーストリアで制作されたとされる「slave market」(奴隷市)にもポルノ要素は多く、どれが本当に最古のものかは、はっきりしない。(参考ウォルター・フリッツIm Kino erlebe ich die Welt – 100 Jahre Kino und Film in Österreich)

日本においても同様の進化を遂げる。
1897年に映画の上映が始まり以降、映画は、大衆娯楽として大きな地位を占めるものとなった。
後に日本ポルノの源流となる「ピンク映画」が制作されるようになった。
しかし、それは1960年台に入ってからのブームであった。
それ以前にも、エロ映像作品は制作されていたが、半ば個人撮影品である。
大規模に「ポルノ映画」の製作開始したのは、「東映」である。
そのため、日本ポルノの草分け的存在は、東映作のポルノであるという見方ができる。

様々な形で発展を遂げたポルノだが、現在最も新しいカタチは「アニメ」だろう。
日本に於けるポルノアニメは昭和7年「すゞみ舟」という作品を元に始まる。(参考長谷川卓也いとしのブルーフィルム)
現存は、警察の摘発により定かでは無いが、資料に登場する始祖はすゞみ舟である。
作者は不詳だが『日本アニメーション映画史』(山口且訓・渡辺泰)によると木村白山という画家である可能性が高い。

日本という国は古来から「アニミズム」を信仰してきた。
アニミズムとはあらゆるところに霊魂、すなわち「アニマ」が存在するという考えのことである。(参考富山大学人文学部)
例えば、神道に於ける「八百万の神」がそれに当たる。
「米には88の神様がいる。」などといった考えはアニミズムの最たるモノである。
いわば、日本人の生活に「アニミズム」は密着しているのである。
アニミズムは「アニメーション」の語源となっている。
絵に動きをつけることで、「アニマ」、すなわち魂を宿すと考えられ、この名前がつけられた。
日本のアニメーションにはこのアニミズムの影響が強いと考える研究者も少なからず存在している。(参考宮崎アニメと 「アニミズム」正木晃・『風の谷のナウシカ』: 漫畵版からアニメ版へ-岡田良平等以下割愛)

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